|
「うぃーすっ!かなり久し振りやなぁ!」
昨夜、小学校からの親友2人と再会する約束をしていたのだ。梅田18:30にビッグマン前。Mは少し遅れると連絡が入り2人で待つことにした。Jとはおそらく2年ぶりの再会。やはり人は変わっていく。大人の雰囲気を感じた。
昔は3人で馬鹿な事ばかりしていた。下校中に「M'sロナー」と題して、行き着けの場所(基地)を造った。当時、17歳というドラマが流行っていたのだ。そのドラマに出てくるカフェ(喫茶店?)の名前が「ピーズロナー」だった。内田由紀・武田真治など。曲はTRFだったと思う。次は「若者のすべて」というドラマを、自分達に当てはめて、矛盾やもどかしさ、嬉しさなどの感情を剥き出しにしていた。思い返せば、恥かしく、熱い青春だった。
Mだけ高校が違った。サッカー推薦で隣の高校へ進学した。Jとは同学校で同じバスケ部だった。しかし入学当時、部活をするか否か迷った。高校は遊びたいと感じたからだ。それは先輩などを見ていると華やかで楽しそうだったから。田舎モノの僕らは、ナメられたくないという一心で茶髪にした。そして、唯一お洒落度をアピールする所が、靴・バッグ・時計だった。今でも覚えている。ナイキのレザーコルテッツ(白で赤のスウォッシュ)、ミリタリーのリュック・シースルーのスウォッチ。モミアゲ。2人は注目された。それで少し浮かれていた僕等は、部活をせずに遊ぼうと思ったのだ。
部活は3年間続けたが引退すると目標を失った。バイクで3ケツして肝試しをするべく、水子の墓に行った。またロン毛にしてツイストをあて、部活の顧問だった先生に「おいっ、レゲ〜!」と言われた。校則でパーマは禁止だったが、これはアイロンだと言い張って逃れていた。そう言えば、当時、エイプのTシャツが流行っていて、ニット帽をかぶっていた。そんな雰囲気を出したかった。
目標を見出せず進路相談が近づいていた。いつも直感で生きてきて何とかなっていたが、今度はそうもいかなかった。今後そんな単純では生きていけない。スポーツの世界で生きていくのは難しいと理解していた。何度も挫折を味わっている。スポーツを何かで表現できたらと思った。当時、月刊バスケットボールを購読しており、何となくだが、そこから雑誌を作りたいと考え始めた。でも進路は定まらなかった。
Mは既に進路を決めていた。美容師になるため美容学校に進学。男前でセンスも良し、美容関連は適職で誰もがそう思っていた。Jはもともと頭が良かった。Jも進路で迷っていたが大学進学を決めた。僕も迷っていてマスコミ専門学校を考えていたが結局、大学進学にした。親からもそう進められた。進路を決めたのは12月だった。入試試験は2月で、担任の先生からはどこの大学にも行けないと言われた。とりあえず、2ヶ月間勉強をして試験を受けた。受かってしまったのだ。どう考えても運だった。それが今までの人生で一番勉強した。
3人はバラバラになった。Jは京都、Mは大阪、僕は大阪。初めは連絡をしていたが回数は減っていった。それぞれの新たな場所を見つけていった。各々の道へ進んでいった。
MとJと3人で焼肉を食べながら語り合った。それぞれの仕事の話・今後のことなど。Mは美容師になって厳しい下積みの末スタイリストて活躍中。関西でも超有名店、最近は東京進出し美容学校まで起ち上げた。Jは神戸で自営業。人を雇って経営に励んでいる。僕も去年の9月から自営業を始めた。プロダクション創立。印刷・映像・WEB・イラスト。それぞれの仕事事情を報告しあった。3人集まって話した事で、きっと各々いろんな思いを抱いたに違いない。よい刺激になった。僕は絶対にもっともっと成功してやろうと強く思った。3人と仕事で絡める日を夢見て!そして、また集まる事を約束した。時が空いても、時間が合わなくても、場所が離れていても、「ライバル」「親友」だ。
|
 |